「シャン」は、「顔だちの美しいこと、あるいは、美人」をいう俗語として、かつてよく用いられた。ドイツ語の shöen (美しいという意味の形容詞)に由来する。
『日本国語大辞典』はその語誌について、次のように記している。
明治時代の旧制高等学校の学生が言い出し広まった語。大正から昭和戦前にかけて学生以外にもよく使われた。特に昭和初期には流行語となり、「シャン」を元に多く合成語が造られた。
合成語には、たとえばこんなのがあった。
すこシャン | すこぶる美人 |
とてシャン | とても美人 |
にくシャン | 肉体美人 |
どてシャン | 不美人 |
ロングシャン | 遠見の美人 |
エロシャン | お色気たっぷりの美人 |
こうした言葉はみな自然発生的に生まれたものであろう。
札幌で「シャン」が使われ始めた頃について、福山甚之助が新聞「家庭」で次のように書いている(以下は要約)。
明治40(1907)年のころ、札幌農学校が昇格して東北帝国大学農科大学となり、予修科が大学予科となった。その結果、ドイツ語の時間が大幅に増加し、学生の間では前にも増してドイツ語を使うことが流行し始め、ドイツ語をもじって嬉しがる風があった。
そのころ、○○実科にTという極めてユーモラスな男がいて、いつもヒョウキンなことを言っては一座を笑わせたものであったが、ときどき見当違いなドイツ語を話中に交えるのを誇りとし、楽しみとしていた。
たしか明治43(1910)年の秋ごろだったと記憶するが、彼は突然頓狂な声を出して「オイ、ちかごろ俺の下宿の近くへ素敵なシャンが引っ越して来たぞ」とやったものだ。
「家庭」54号(1930年9月)
甚之助たち札幌の学生にとっては、これが「シャン」を聞いた初めての機会だったという。