「軍事研究」の戦後史政府から疎んじられた日本学術会議 『「軍事研究」の戦後史』の第5章に引用した新聞社説に、「率直にものを言う学術会議が政府から疎んじられたのは間違いない」というくだりがある(注1)。この一文について、若干の追記をしておきたい。 長年、日本学術会議の会員であった福島要一が、次のように記している(注2)。 学術会議と日本政府との関係を決定的に悪化させた契機が、1964年4月23日の第39回総会における「原子力潜水艦の日本港湾寄港について... 2016.12.30「軍事研究」の戦後史
「軍事研究」の戦後史日本学術会議の会員構成の「偏り」 いま日本学術会議で、防衛装備庁による「安全保障技術研究推進制度」に研究者が応募することの是非をめぐって議論が行なわれている。研究者がこれに応募することは、日本学術会議が1950年代、60年代に確立した基本姿勢の一つ、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない」に抵触するのではないか、いや「基本姿勢」のほうこそ見直すべきではないか、などが論点である。 こうした議論において想定されている「研究者」は... 2016.12.28「軍事研究」の戦後史